sunaowamuteki’s blog

フザケたり真面目に幸福を追求したりロマンを大切にしたりしながら生きてる日常。


なぜ人は働かなくてはいけないのか

給料をもらうという理由だけでいつまで頑張れるか

 

人生には、自分の思い通りにいかない事がある。

 

もっと正確に言えば、思い通りにいくことは幾度かあっても、思い通りになるもの
などは、この世にはひとつだってないのだ。

 

20代半ばの頃、自分のこれからの30年、40年後を考えた。

というか、見えた。

今後延々と続く、サラリーマン人生が見えた。

 

 

自分とまったく関係ない誰かが作った会社という枠の中で、さもいっちょ前の
一員であるような顔して働いてる自分が嫌だった。

 

漫画で言ったら、漫画家先生とアシスタントだ。

私は無論アシスタントだ。

今後もずっと、アシスタントだ。

何時に来てと言われれば、行かねばならない。

自分の都合で決められることなんか、何ひとつない。

 

漫画とかそういう専門職のアシスタントなら、まだいい。

それが好きでやっているのだから。

 

自分はどうだ?今の仕事。好きじゃないだろ?むしろ興味もないだろ?

土日休と勤務時間と年収と福利厚生と、通勤時間で決めたんだろ?

 

そんな自分を雇ってもらい、将来のビジネスモデル(当時はそんな言葉も知らなかった
が)に携わる能力もない自分が、雇用関係というその一点で毎月キッチリ給料を
もらっている。

それでももう、いっちょ前の扱い。会社と社会どちらにも影響力がない社会人

 

そういう自分を、親は安心する。友達だって安心する。

 

だけど自分は頑張れば頑張るほど、上司に褒められた後でさえ何故かもっと
会社との隔絶を感じてしまって嫌な気持ちになる。 

 

時々、ものすごいアウェイ感で圧死しそうな感覚になる。

 

 

自分の中で、これまでずっと一緒にやってきた無垢なバディが、「酸素あと5分」
と合図を出している。

 

 

 

世界を変える大発見はないのか

 

とうに限界を超えてから随分と経った頃に、こう思うようになった。 

  

なぜ人は働かなくてはいけないのか。

 

私は、働くことが心の底から嫌になってしまった。

なぜ、労働の義務などあるのか。

  

 

マルクスの「資本論」に関する本などを読んだ。労働をテーマにしてる新書系
も読んだ。

どれにも結局「労働することが前提」として書かれていた。

 

そのうち、怒りがわいてきた。

 

これだけ世界中にいろんな分野の天才がいながら、なぜ働かなくても成り立つ
社会構造を作ることが出来ないのか。

 

だいたい、自分以外の誰かが作った世の中のシステムを、どうしてみんなは自然
受け入れる事ができているのか。

 

この頃の自分は、本気でそう思っていた。

  

 

ある時、同じ会社のDさんから「大阪ヨーロッパ映画祭」に一緒に行かないか
と誘われた。

ちょうど土曜日。場所は天保山海遊館ホール。

 

Dさんと海遊館ホール前で待ち合わせをして、映画チケット3回券3300円を
買い上映スケジュールのパンフレットを受け取った。

 

20程ある作品の中から3作品を選んで、それを一日で観る。

 

なかなかハードな映画の楽しみ方だから、本当に映画を好きな人間しか利用
しない。

みんな真剣に観るから、観客席に食べ物を持ち込む人もいない。

 

また、いくつかの作品は上映後に監督と観客達とがその作品についてディス
カッションする時間が設けられているのも、この映画祭の魅力のひとつと
なっていた。

 

私は、「旅の道連れ」「ミクロコスモス」という映画を選んだ。

あとひとつ選んだはずだが、記憶になくてまったく思い出せない。

 

Dさんは、私と同じ「旅の道連れ」と他2作品は別の映画を選んだ。

 

 ↓折り目が付いてるけど、大事にとってあるパンフレット

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「ミクロコスモス」は上映73分の間、人間の出演もナレーションも一切無く延々
昆虫の目線でカメラが回り続け、この地球上で起こる一日のあらゆる出来事を
自分がその昆虫の目線になって疑似体験するというもの。

 

誰の何のセリフもない割には時間の長さを感じなかったし、映画としてとても新鮮
で面白いと思った。 

 

私とDさんは各々の選んだ作品を観たあと、「旅の道連れ」で再び合流した。

 

 

転機となった映画との出会い

 

 

「旅の道連れ」のあらすじは、ローマに住むコラという名前の女の子が若さと自由
を思いのままにして日々を過ごしているが、実際のところは定職に就かず恋愛でも
中途半端な関係ばかりを繰り返し自身をすり減らしてばかりいた

 

そんなある日、アルツハイマー病で放浪癖のある老教授のコジモを、迷子にならな
いように尾行するという奇妙な仕事を引き受けることになる。

 

行動が支離滅裂で事態が予測不能なコジモを見失うまいと、コラは一生懸命に尾行
するが、見失ったと思ったらひょっこり現れたりするコジモに腹を立て、コラは
尾行することをやめてしまう

 

何もかも嫌になったかのように自暴自棄な行動をし始めるコラ

やがてそんな自分自身にも絶望し、川に飛び込んで自殺を図る

 

結果、親切な人にコラは助けられて一命を取りとめた。

駅まで送ってもらったが、ローマまで帰る気がせず駅の待合でそのまま一夜を
すごしていると、その駅にどこからかコジモが突然ふらりと現れ待合のベンチ
に腰をかけた。

 

 

・・・という様な、ここがという派手な見どころがないヨーロッパ映画らしい
しみじみとした作品。

 

けれども、主人公のコラが自分を追い込んで自暴自棄と空虚を繰り返す様子が
まるで私自身がそうしているかの様に錯覚し、エンドロールが流れ始めると急に
涙が噴出した。

 

会場の照明が次々と点灯して、監督のピーター・デル・モンテが拍手のなか舞台
に通訳の女性と一緒に現れて、観客とのディスカッションが始まった。

 

私の顔は、雨に打たれたんか、というぐらいに前髪まで全部べっしょべしょに
濡れていたけど、不思議と恥ずかしさは無かった。

ずっと涙が出続けているというだけで、ぜんぜん取り乱してる訳でもなく何も
かもいつもの私と同じ。

 

Dさんも、私に「大丈夫?」とか無粋なことは一切言わないし、ディスカッション
で観客の言ってる事がおかしいとか、わかってへんとか、それ私も思った、とか
2人でヒソヒソ言い合ったりしていた。

 

 

ディスカッションタイムが終了し、Dさんと私は外にある喫煙所に立って、2人で
ゆっくりと煙草を吸った。

さすがにもう、涙は出尽くしていた。

 

 

私は、ずっと我慢して溜まってたオシッコを全部出せてスッキリしたような、
少しの気だるさと妙な爽快感に心が緩んでいた。

 

一息ついて、続けざまにもう一本の煙草にお互いに火をつけ合った時にDさんが、

「さっき監督が向こうで煙草吸ってて、〇〇ちゃんをずっと見てたよ」

と言った。

 

私はハニカミを隠しつつ、

「なんでやろ、ずっとしつこく泣いてたから目立ってたんやろか」

と言い適当なふうを装った。

 

本当は監督からの視線を自分で感じてはいたが、勘違いかも知れないという気持ち
と、もし私を見てるとしても気付かないふりを続ける気でいた。

 

 

あんだけ泣いて、いかにも感受性が強いみたいに見えたかも知れないけど、私と
いう人間は本当にまったく何にも中身がなさ過ぎて、監督にガッカリされるのが
嫌だった。

だから、監督に話しかけられたくなかった。

 

 

いま振り返ればなんちゅう自意識過剰かと、背筋が寒くなる。

 

 

それ以来、私はサラリーマンである自分にも

「なぜ働かなくてはいけないのか」

ということにも、あまりこだわらなくなっていった。 

 

なぜそう変化したのかわからない。

 

ただ、新しい環境で生きられない無垢なバディは、いつの間にか私に別れも告げず
どこかへと去った。

 

私のこの転機と引き換えに、四半世紀のあいだ一緒に過ごした心の相棒が、私の中
から永遠にいなくなった。

 

 

 

私と「旅の道連れ」の今

 

あれから20年以上経った。

 

ごく最近、本当に今頃だけど、自分があの時になにを求めていたのかがわかった
気がする。

 

 

アシスタントでも、もちろんいい。

むしろ職種なんか、なんでもいい。

 

プライベートが仕事の淵源で、仕事がプライベートの淵源であるような、
そんな仕事が、私はしたかったのだ。

 

どんな時でも、何をしてても、ふとそのことに関連付けて考えてしまうような、
それほど夢中になれる仕事を私は望んでいたのだ。

 

 

いや、そんな自分を求めていたのだ

 

 

「旅の道連れ」をネットで検索してみたら、「雨上がりの駅で」と改題されて
DVDになっていた。 

 

 

あれ以来、私にはもうバディはいない。

 

でも、まわりを見渡すと、みんなが私と同じようにバディなしで1人で泳いで
いるのが見える。

 

泳ぎが上手い人も、下手な人も。

泳ぐのが嫌いな人は、波にただ漂いながら。

どちらが速いか競争し合う人達や、流されそうな人の腕を掴む人も。

 

無数の人々が、それぞれの思いを持ちながら、みんな同じ水の中を1人で泳い
でいる。

 

どこへ向かうかではなく、ここで生きていくために。

 

出来ることなら、泳ぎが上手くなって、流されそうになっている誰かの腕を
しっかり掴める人になれたらいいと思う。

 

そんなふうに私は、いつの間にかちゃんと社会人になりサラリーマンもすっかり
板について、サラリーマンとしての仕事を教える側になっていた。

 

サラリーマンでやっていくというのは案外、そういうものなのかもしれない。